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沿革

■大正5年 卒業の日「また学校を訪ねてください」との安田学園創立者安田リヨウ先生のお言葉をもとに「卒業生を招く日」が設けられました。
安田リヨウ先生はこの日を「嫁いだ娘の里帰りを待つ思いだ」と語られたとのことです。これが安田学園同窓会の原点です。
■昭和2年~昭和15年 毎年12月に同窓会が開催。
■昭和16年~昭和20年 第2次世界大戦の為、終戦まで同窓会は中止。
■昭和20年8月6日 安田学園は原爆投下により、校舎はすべて倒壊焼失。
その校舎の焼け跡に卒業生がたたずみ「母校がなくなった」と泣いていたことを知らされた安田リヨウ先生は、被爆され重傷のなか学校の復興を決意されました。
まさに母校は安田リヨウ先生のご慈愛によって再建されました。
■昭和21年10月17日 工兵隊の馬小屋を改造した講堂(当時半倒壊の元工兵隊兵舎を校舎として使用していた為)において出席者151名 会費10円で戦後第1回目の同窓会が開催。
■昭和28年12月4日 同窓会会長安田リヨウ先生より、会員の中から三役(会長、副会長、会計監査)を選任し自主運営をするよう勧められ、選考委員会推薦の 会長 笠井かつ(大正9年卒)、副会長 佐藤富士子(大正13年卒)・吉田露子(昭和9年卒)、会計監査 井上アヤメ(大正9年卒)・沖原マサコ(大正15年卒)を満場一致で選任。
学園長安田リヨウ先生を同窓会顧問にいただき、同窓会の体制を整備。
「同窓会の日」を同窓会総会と改称。
■昭和30年 学園創立40周年記念事業として、茶室 如竹庵を安田リヨウ先生に贈呈。
■昭和34年 安田リヨウ先生が、安田家の紋章の唐花にちなんで本会を唐花会と命名。
■昭和40年 学園創立50周年記念事業としての、唐花会館落成。
■昭和46年 安田リヨウ先生の米寿祝賀会にて、ご所望の会員自筆の短冊を贈呈。
安田リヨウ記念館に保存。
安東キャンパスにおいて初めての唐花会総会が盛大に開催。
■昭和48年 被爆した瀕死の人々が、水を求めて集まった学園の傍の川原の石を集め「亡き友の弔いにしたい」と当時生存した生徒が手作りの碑を建立。
学園創立60周年記念事業への協賛として原爆死没者氏名を銅版に刻み「原爆犠牲者慰霊碑」として現在の形に整備。
■昭和49年 吉田露子会長就任。
■昭和52年11月8日 会員一同 母とお慕いしていた安田リヨウ先生ご逝去。
■昭和60年 学園創立70周年記念事業へ協賛。
70周年祝賀唐花会総会11月開催。
会報「からはな」祝賀特集号発行。
唐花記念誌「からはな」発刊。
■昭和62年 和泉加寿枝会長就任。
■昭和62年 総会を当番幹事制にて運営開始。
総会会場として白島キャンパス・安東キャンパスを、交互使用に決定。
■平成2年 土井深幸会長就任。
■平成7年 学園創立80周年祝賀唐花会総会を学外(国際会議場)で開催。
以後白島キャンパス・学園外・安東キャンパス・学園外と、会場を輪番制に決定。
■平成10年 大学部・短大部・中学高等学校部・小学校部の四部に組織改革。
各部に部長を選任。
法人本部移転に伴い、唐花会事務局を安東キャンパスに移転。
■平成14年 岡本多鶴子会長就任。
白島キャンパス体育館舞台幕寄贈。
■平成15年10月19日 関東支部会開催。
東京支部会として大正時代より昭和59年まで5年毎開催。
平成2年関東支部会と称し、3年毎開催。
■平成15年11月9日 関西支部会開催。
大阪支部会として大正時代より昭和44年まで5年毎開催。
その後途絶えがちのところ平成15年関西支部会と称し復活。2年毎開催。
■平成16年 ビデオ「白梅のように」制作。
■平成17年 安田学園90周年記念音楽祭参加。
■平成18年 安東キャンパス体育館ステージ幕寄贈。
■平成19年 安東キャンパス9号館タペストリー寄贈。
■平成20年 山野瑞枝会長就任。
唐花会総会会場の学内→学外という輪番制を止め、学外のみとする。
■平成21年 ビデオ「唐花会」制作。
■平成27年 安東キャンパス1号館モニュメント寄贈。
■平成29年 ビデオ「『柔しく剛く』を未来へ」制作。